『国際政治経済塾』
投資のチャンスを確実にモノにするには、世界にアンテナを張り巡らし、お金の流れを機敏に察知する必要があります。元外交官の経験を活かし、一見違う視点で、世界の政治とお金の関係を、リアルタイムで説明します。

「時価会計の徹底を」正論を振りかざす米の思惑

再論・“時価会計”

以前、このコラムでも触れたことなのだが、来る7月下旬から始まる新たな“世界の潮目”において起爆剤となるのが、「時価会計の徹底」である。昨年夏、サブプライム問題が露呈して以来、世界中の金融機関は、証券化された金融商品を中心とするリスク資産が、一体どれくらい焦げ付いているのかについて、あの手この手でデータを露わにしないよう画策してきた。しかし、余りにもその隠蔽の度合いが高すぎたため、かえって金融マーケットそのものに対する不信感が募り、今年の3月にはついに「信用収縮(クレジット・クランチ)が生ずるのでは?」という事態に陥ったことは記憶に新しい。


しかし、その後、どういうわけか楽観論が吹聴される一方、マーケットにおけるテーマは「原油高」「食糧高」へと誘導されていった感がある。OPECという供給者が蛇口を締め上げたことから始まった70年代初頭のオイル・ショックとは事態は大きく異なり、所詮、投機的資金による先物主導での“値上がり”に過ぎないのに、大騒ぎとなっている。ついには、「インフレこそ世界の大問題だ」という声が聞こえ始め、ついには経済言論を席捲してしまった。


だが、何といおうと、今マーケットとそれを取り巻く国内外の情勢を揺さぶる根源的な問題は、リスク資産の焦げ付き額の全容がいつ開示されるかという一点にかかっているのである。そしてこれを求めたのが、4月11日にワシントンで開催されたG7会合なのであって、そこで合意された「100日プラン」の期限がまもなく切れるのだ。それと共に「時価会計の徹底」、すなわち「損失額は現在ある限り、全てをさらけ出せ」という原理原則の徹底が行われることとなる。


そもそも、米国における不動産価格の“下落”という資産価格の調整から始まった現在のクライシス(危機)であるだけに、逆に“価格上昇(インフレ)”が大騒ぎされている現状は笑止でしかないが、とにもかくにも、まずはこの「時価会計の徹底」によって何が生じるのか、あらためてこのタイミングで考えてみることが、個人投資家として「世界の潮目」を乗りこなすためには不可欠な展開となっているのである。

米系投資銀行の不可解な動き

この関連でまず思い出すべきなのは、名だたる米系の越境する投資主体たちの内、特に世界最大の投資銀行たちが、その第2四半期決算を早々と先月に済ませてしまっているということだろう。したがって、彼らは今後、「時価会計」をめぐるルールが厳格化されようと、当面は逃げることが出来る(次の四半期決算の開示は9月)。


一方、7月の下旬から8月にかけて、欧州系の越境する投資主体たち、さらには一部の米系商業銀行などが第2四半期決算を開示することとなっている。タイミングからいって、下手をすると厳格化された新ルールでの開示が求められることになるだろう。そうなれば、リスク資産に基づく巨額の損失額が露わになる。そう、昨年に続き、今年もまた、「欧州発の金融不安」が発生する可能性が徐々に高まりつつあるのだ。


そのような中、今、マーケットでは米系投資銀行による“不可解な動き”に注目が集まりつつある。世界中の名だたる金融機関たちが寄り集って出来ている同業者団体の1つがIIF(国際金融インスティトゥート)である。そこから米系投資銀行のゴールドマン・サックスが「脱退」を検討しているという報道が去る5月に世界を駆け巡ったことがある(5月23日付英国フィナンシャル・タイムズ)。


その後、さまざまな顛末を経て、米系投資銀行たちはこの同業者団体を堂々と脱退したというのだ。なぜかといえば、曰く「米系の越境する投資主体たちは賢明に時価会計の徹底を求めたのだが、欧州系の越境する投資主体たちは、あくまでもこれを拒否し、時価会計原則を骨抜きにしようとした。これは絶対に許せない以上、脱退するしかない」のだという。


だが、こうした弁明を鵜呑みにしてしまっているようでは、金融インテリジェンスに疎いといわざるをえないというのが私の考えである。なぜなら、このように主張する米系の越境する投資主体たちが次に自ら四半期決算を公表するのは今年9月であり、今すぐではないのである。その一方で、ライバルである欧州系の越境する投資主体たちは間もなく決算期を迎える。


そうであれば、一見したところ「正論」のようではあっても、それを突き詰めることで、結果として追い詰められるのはライバルたちであり、米系の越境する投資主体たちにとってはこの上も無いチャンスが到来するのだ。


そう考えると、こうした「時価会計の徹底」を巡る議論こそが大きな仕掛けであるといわざるを得ないことに気づくのである。

周到に仕組まれたシナリオを読み解く

この点も含め、今後、激動が想定される「マーケットとそれを取り巻く国内外情勢」について、私は8月2・3日に札幌・仙台、そして30・31日に大阪・名古屋でそれぞれ開催するIISIAスタート・セミナー(完全無料)で詳しくお話できればと考えている。ご関心のある向きは是非ともお集まりいただければ幸いである。


しかし、上記のように考えた場合、さらに気になるのは「9月」に新ルールによる四半期決算を迎えることになる米系の越境する投資主体たちが描いているシナリオだろう。彼らは何ゆえにそうまでしてライバルを追い詰め、その一方で時間稼ぎをしようとするのだろうか。


この問いに対する答えはこれまでの経緯を考えると、1つしかない。それは、米系の越境する投資主体たちこそ、実は巨額の損失を抱えているのであって、それが露わになることを恐れているのではないかということだ。


したがって、まずは欧州系「越境する投資主体」たちに損失を計上させることで、世論との関係でガス抜きをはかり、同時に時間稼ぎをしている最中に別のトレーディングによって少しでも売上げ(自己勘定取引による収益)を上げようとするのである。だからこその、「原油高騰」「穀物高騰」に他ならないのである。言われ無き理由で商品先物価格が高騰している理由はそれ以上でも、それ以下でもない。


だが、もっと気になるのは、「それでもなお、米系の越境する投資主体たちが損失を隠し切れなかった時、どうなるのか?」ということだろう。もはや金融ショックどころではなく、もっとすさまじい問題を世界に生じさせることで、さらなる隠蔽が画策されるものと考えられる。それでは、一体その「すさまじい問題」とは一体何なのか?私たち日本の個人投資家が今年見る「真夏の夜の夢」はかなり悩ましいものになりそうである。

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筆者プロフィール

名前:原田武夫(はらだ たけお)
1971年生まれ。1993年東京大学法学部を中退し、外務省入省。
経済局国際機関第2課、ドイツでの在外研修、在ドイツ日本国大使館、大臣官房総務課などを経て、 アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を務める。
2005年3月末をもって自主退職。
現在、原田武夫国際戦略情報研究所代表
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