牛丼販売再開、“吉野家復活”は本物か?

あまりにも長すぎた2年半

「並、卵、つゆだくで」――このフレーズで、牛丼を食べていたことをつい昨日のことのように思い出すのは私だけでしょうか。

2006年9月7日、吉野家ディー・アンド・シー(9861)は米国産牛肉の禁輸に伴い04年2月から販売を休止してきた牛丼を9月18日に復活させると正式発表しました。吉野家の安部修仁社長は「我々にとって牛丼は特別の存在。あまりにも長すぎた」と涙ぐみながら、販売再開を発表したと報じられています。同社にとって、牛丼を販売できるか否かは、それほど大きな問題だったのです。【ポイント1】

03年暮れ、米国で最初のBSE(牛海綿状脳症)感染牛が発見されました。それを受け、日本政府は米国産牛肉の輸入を全面禁止に。もちろん、株価は顕著な反応を示し、03年12月24日には発表を嫌気し、吉野家ディー・アンド・シー株は一時、前日比11%下落の15万2,000円まで下げるなど大幅安となりました。

05年暮れになって、20ヶ月齢以下の牛由来で特定危険部位が除去された牛肉のみという条件で、部分的に輸入が再開されました。しかし、そのたった40日後の06年1月20日には特定危険部位である脊柱が、輸入牛肉に混入しているのが見つかり、再び、日本政府は輸入を禁止せざるをえなくなりました。

再度の輸入禁止は、牛丼を主力商品とし、その材料に米国産牛肉を使っていた吉野家の株価にまたも悪影響を与えました。業績悪化懸念が強まった同社株は、値幅制限いっぱいの前週末比4万円安(ストップ安)の17万3,000円まで売られ、週間でも7%強の下落となりました。

複数メニュー、M&A…“危機”を乗り切る施策

牛丼販売停止後、吉野家はただ手をこまねいていたわけではありません。まず手をつけたのが複数メニュー型の業態開発でした。

米国産牛肉の輸入禁止以前から、同社の「牛丼一本足打法」の店舗は、出店余地に限りがあるため、停滞感が漂い始めていました。また、客単価が前年を下回る時期が長く続いていたため、02年2月期には連結で161億円の営業利益が、03年には144億円と減益を強いられました。そして米国産牛肉の輸入禁止措置が追い討ちをかけ、04年2月期に12億円の赤字に転落してしまいました。

そんな苦しい状況下、同社が打ち出したのが「牛焼肉丼」などの複数メニュー店の出店です。定食など高単価メニューの拡充で、客単価は上昇。さらに、経営努力による食材コストの低減、メニュー開発費用の一巡などにより、牛丼の販売ができないという危機的な状況にもかかわらず黒字転換を果たしました。【ポイント2】

また同社が、複数メニュー型の業態開発以前から取り組んでいたのがM&A(企業の合併・買収)。吉野家といえば「牛丼一筋」という印象が強いですが、実は以前から積極的にM&Aを行っていたのです。以下はその例です。

1988年−「ダンキンドーナツ」運営会社を吸収合併
1994年−カレー「ポット&ポット」の多店舗化開始
1998年−「ダンキンドーナツ」から撤退
1999年−「京樽」の経営再建に参画
2002年−中華宅配「上海エクスプレス」の営業権取得
2003年−「石焼ビビンパ」の経営権取得
2004年−讃岐うどん最大手「はなまる」と資本・業務提携
2005年−「京樽」がジャスダックに復活上場

ジャスダックに復活上場した「京樽」は、1950年設立。持ち帰りすしでおなじみの老舗でしたが、不動産などへの投資の失敗で、97年に会社更生法適用の申請を余儀なくされてしまいました。しかし、吉野家の支援により見事復活、上場を果たし現在は同社の連結子会社として活動を続けています。
吉野家は米国産牛肉輸入禁止という大きな危機を乗り越え、牛丼復活の日を迎えることができました。牛丼復活は同社の株価にとって追い風となるという予想は確かに一理あります。しかし、もう一点、忘れてはならないことがあります。それは吉野家は「デフレ時代の勝ち組」だったということです。

「デフレの勝ち組」は「インフレの勝ち組」になれるか

吉野家の牛丼並(280円)は、マクドナルドのハンバーガー、ユニクロのフリースと並び、デフレの象徴でした。その低価格が不況に苦しむ国民の大きな支持を得て業績を伸ばしました。つまり吉野家は「デフレ時代の勝ち組」だったわけです。

しかし、残念ながら「デフレ時代の勝ち組」は今後予想されるインフレ時代には負け組になってしまう可能性があります。

06年7月にゼロ金利が解除されたことは皆さんもご存知でしょう。金利が上がれば、商品やサービスの価格もつられて上がります。つまり現在の日本は、デフレ(=価格の低下)の時代からインフレ(=価格の上昇)の時代に移行しようとしていると考えるべきなのです。

デフレ時代には、自社が得意とする分野に経営資源を集中的に投下することで、低価格な商品やサービスを提供することが必須です。そのため、「専門」企業が脚光を浴びます。

しかし、インフレの時代はどうでしょう。価格が上昇し、景気が拡大基調ならば、多くの商品をたくさん売ったほうが企業として利益を稼げることになります。そのため、デフレ時代とは異なり「総合」企業に軍配が上がるのです。

吉野家がいくらM&Aに積極的だとはいえ、やはり「牛丼専門店」です。業績に占める牛丼の存在感は他とは比べ物になりません。それまで100億円以上あった連結営業損益が、牛丼販売を中止した02年度には12億円の赤字になったことからもそのことが分かります。

今後のインフレ時代に対応するためには「牛丼一本」の専門から脱却し、総合的な事業展開が必要です。吉野家のような小売業の場合、「他業態への進出」と「海外への進出」の2つの方法が考えられます。

他業態というのは、吉野家で言えば「高級帯」。より客単価の高い店舗が求められるということです。しかし、当面この分野で同社がM&Aなどを図ることはなさそうです。

また、海外進出も北米など海外に進出しているとはいえ、いまだ売上比率は10%以下。海外売上が利益を牽引するのは遠い、といわざるをえないでしょう。

確かに米国産牛肉の輸入解禁、牛丼復活は吉野家にとってポジティブな材料です。しかし、中長期的に見れば、「デフレ時代の勝ち組」から「インフレ時代の勝ち組」へと脱皮できるのかという重要な問題が未解決のままです。

同社への投資を考えているのなら、例えば同社ホームページで公開されている決算情報をこまめに確認し、「セグメント情報(事業の種類別セグメント情報)」の項目で、「牛丼関連事業」とそのほかの事業の割合がどのように変化しているのを見ていくのもよいでしょう。「牛丼復活」など、ピンポイントの情報に振り回されることなく、きちんと事業の本質を見極めることが大切です。【ポイント3】

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
米国産牛肉の輸入再開を受け、日本消費者連盟などが主な食品関連企業24社を対象にした調査で、使用に積極的なのは吉野家ディー・アンド・シー1社のみ。はっきりと「使わない」と表明したのは「ロイヤル」、「日本マクドナルド」、「モスフードサービス」など7社。「米国産牛肉を使わない」と主張することで、食品の安全性に配慮している姿をアピールする狙いもあるのかもしれません。いずれにせよ、国民の不信感が完全にぬぐわれ、以前のような消費行動をとるまでには、もうしばらく時間がかかりそうです。
【ポイント2】
複数メニューはたしかに功を奏していますが、やはり牛丼復活が業績に与えるインパクトは大きいです。吉野家ディー・アンド・シーは、牛丼再開により固定費比率が下がり、06年下期の売上高経常利益率は前年の2.5%から5.9%まで高まるとみています。調達量がさらに増加すれば、よりコストが低下しさらに利益率が高まるでしょう。ただ、牛丼に使うショートプレートは2.15ドル前後と禁輸前の2.6倍。コスト高が悪影響を及ぼす可能性も否定はできず、まだまだ慎重に見るべきタイミングといえます。
【ポイント3】
たしかに吉野家は業績は改善傾向にあり、経営努力は素晴らしいといえるでしょう。しかし、それと投資は別個に考えたほうがいいです。東証1部だけでも1,700社以上が上場しており、いくらでも投資対象はあります。投資しようと思うのなら、徹底的に調べてから投資をしても遅くありません。「置いていかれる」と不安になるかもしれませんが、大丈夫です。投資チャンスは1度ではありません。確信を持って投資をすることが大事なのです。

個別銘柄の株を買う、というのは会社の一部を買うことと同じです。だからこそ、冷静に世の中の事象や過去の出来事、そして業界環境など多面的に目を配る必要があると思います。9月より有料メールマガジン『なぜ、この会社の株を買いたいのか?〜年率20%を確実にめざす投資手法を公開〜』の発行を始めました。個別銘柄の選択方法を余すことなくお伝えしていきたいと思います。ご興味がある方は、ぜひご購読ください!(木下)

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木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

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マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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