『国際政治経済塾』

投資のチャンスを確実にモノにするには、世界にアンテナを張り巡らし、お金の流れを機敏に察知する必要があります。元外交官の経験を活かし、一見違う視点で、世界の政治とお金の関係を、リアルタイムで説明します。

中国とチベットをめぐる「米英の確執」が意味するもの

“アングロ・サクソン”は本当に一体なのか?

去る4月2日、英国はロンドンにて第2回となるG20金融サミットが開催された。ある意味では鳴り物入りで開催されたこのサミットでも、現下の金融メルトダウン対策という点では実質的には何ら成果がなかった。このことについては、既に前回の本欄で言及していた通り、全く想定内の出来事であったというほかない。


ところで、開催地である英国について、私たちはいかなるイメージを持っているであろうか。一部の言論人が多用する“アングロ・サクソン”という言葉が示す通り、英米は一体として語られることが多い。このイメージを強化している要素は様々だが、目につきやすいものとしては2003年のイラク戦争時の記憶が挙げられる。米国による国連安保理制裁決議ぬきのイラク攻撃に対し、フランスやドイツが反対に回る中、日本と並んで米国に「追随」する姿勢をとったとされるのが英国だった。米英の結束は堅い――そう考えていらっしゃる方々が多いのではないだろうか。


だが、ことマーケットの世界、そしてそれと緊密に関わる国際情勢に目を向けてみるならば、こうした一般的な国家イメージを吹き飛ばすような事態に日々遭遇するものである。こうした観点で再度見つめ直してみると、金融サミットの開催地・英国とは一体何であるのか?米国との距離は近いのか、遠いのか。今回はこうした点について考えてみたいと思うのである。


私たち=日本の個人投資家・ビジネスマンはマーケットとそれを取り巻く国内外情勢を見る際、「地政学リスク」というとどうしても地球の裏側のことばかり考えてしまいがちだ。しかし、地図の上をよく見ると、不安定な地域として掲げるべき筆頭格はむしろ日本を取り巻くアジアであることに気付く。日本についても、“北方領土”“尖閣諸島”“竹島”など、未だに「紛争」となっている事案に取り囲まれているのである。

そのような懸案事項の中で、戦後アジアにおける最大の問題の1つに「チベット問題」がある。ダライ・ラマ14世に率いられた亡命政府が世界中に向けて中国政府による“人権侵害”を訴えるのに対し、中国政府はというとこれを国内問題であるとし、諸外国からの批判を一切受け付けない態度に終始してきた。米国をはじめとする西側各国はいずれもこれを深刻な問題であるととらえ、中国に対して問題の解決を求めてきている。だが、中国はといえばこれをいわば対中関係における“踏み絵”としてとらえ、昨年(2008年)12月にはEU議長国であるフランスのサルコジ大統領がEU中国首脳会談を申し込んだのに対し、「フランスがチベットの肩を持った」と糾弾、会談自体をキャンセルしたくらいである。


マーケットとそれを取り巻く国内外の情勢をめぐる「潮目」をウォッチする中、昨年秋の段階で、この問題に関して気になる報道が1つあった。実はこのように中国が勢いづいていたことには理由があったのである。――こともあろうに西側諸国の雄であるはずの英国が、この段階で完全に中国寄りの姿勢を持つに至ったのである。具体的には、ミリバンド首相が「英国は、チベットに対する領有権を中国が持っていると考えている」と中国側に伝達したのだ(2008年11月1日付の米ウォールストリート・ジャーナル参照)。これに対し、米国勢は猛反発。「英国はチベットを“売った”」と糾弾する論調すら現れる展開が
見られた。日本ではしばしば“アングロ・サクソン”と十把一絡げにされがちな米英だが、実はその間で、激しい火花が散り始めていたのである(こうした国内メディアの報道だけでは見落としがちな国際情勢とその分析を押さえておきたい読者諸兄は、「IISIAデイリー・レポート」をご活用されたい)。

米英の確執は今に始まったことではない

もっとも、このような中国大陸をめぐる米英の確執という構図は、金融資本主義の歴史を紐解くと繰り返し現れてくるものであることに気付かなければならないだろう。この点について、日本におけるアカデミックな研究の金字塔と目されるのが、三谷太一郎の論文「ウォール・ストリートと満蒙」(細谷千博他編『ワシントン体制と日米関係』東京大学出版会所収)だ。


この論文によれば、米英のこうした確執がもっとも見て取れたのが、他ならぬ日本が展開したプロジェクト「満州」(現在の中国東北部)なのだという。日本は1931年以降、一気にこれを押し進め、それがやがて日中戦争、そして第二次世界大戦へと連鎖していく。1945年に待ち受けていた「敗戦」という冷厳な現実だけを後から学ぶと、あたかも共に連合軍であった米英が最初から結託して日本を抑え込みにかかったかのようにも見えてしまう。


しかし、実際には全く異なるのである。日本はプロジェクト「満州」を実現すべく、ひとつには南満州鉄道(満鉄)の外債を大量に発行した。これらはいずれも英国のポンド建だったのであり、すなわち英国勢の支援を受けて発行されたものだったのである。その背景には「英国にとっては“Manchuria”は中国における勢力圏の外にあり、日露戦争後ロシアの南下が止った後は、直接に国家的利益に関係する地域ではなかった」(前掲論文)からだ。


ところが、「米国にとっては、“Manchuria”は、1899年以来の門戸開放政策を象徴する意味をもっていた。(中略)とくに満州および中国北部の“門戸開放”を含意していた」(前掲論文)のであった。そのため、利回りの良い日本勢の外債であっても、満鉄外債には協力はしなかったというわけなのである。実際、満鉄外債が米ドル建で、NYにおいて発行されたことはなかったのだ。


これだけを読んでも、自称「評論家」「国際問題専門家」たちがしばしば口にする“アングロ・サクソン”という表現が虚構に満ちたものであることがおわかりいただけるであろう。そもそも、米英はそれぞれ異なる勢力なのであり、抱えている利益関係は各々の歴史に基づき異なっているのである。そのことを踏まえ、これまで東アジアの“現場”で展開されてきた確執を知らなければ、今起きている「チベット問題」をはじめとして、マーケットとそれを取り巻く国内外情勢について正しい予測分析をすることはできないのである。

英国勢の日本に向けたメッセージが聞こえるか

こうした論点も含め、今後、激動が想定される“マーケットとそれを取り巻く国内外情勢”と、その背景にありながら私たち=日本の個人投資家が知ることのなかった歴史上の“真実”について、私は、4月18、19日に大阪・名古屋でそれぞれ開催するIISIAスタート・セミナーで詳しくお話できればと考えている。ご関心のある向きはぜひともお集まりいただければ幸いである。


ちなみに、英国勢による突然の「中国のチベット領有確認発言」は、どこぞの島国の閣僚にありがちな“失言”などでは全く無いことは、その周到さからもわかるのである。インターネット化の進んだ現在、対外情報工作機関にとって最も重要なのは動画サイトを通じた世論工作になりつつある。そのような観点をも踏まえつつネット上を探すと、実は英国勢はかのYoutubeを使用し、あらかじめ「“チベット”なる存在を支えてきたのは米国の情報工作機関であった」というドキュメンタリー・フィルムを公開すらしているのである。


一般に日本では全く問題視されていないが、日本語字幕のフィルムまでもがアップされていることに注目すべきだろう。このことを通じ、英国勢は重要なメッセージ、すなわち「アジア、とりわけ東アジアを米国から取り戻す」というメッセージを発している可能性があるからである。


つまり、歴史の針は1840年代の“アヘン戦争”のころに戻った観があるのである。日本ではその後、幕末となり、明治維新となったことを思い起こしながら、「今、すぐそこまで迫った世界システムの大転換」に向け、隠された「潮目」の予兆をしっかりと読みこなしていくことこそ、私たち=日本の個人投資家・ビジネスマンに課せられた最大の課題なのである。その私たちが大転換の時代をいかに生き抜き、いかなる新たな「日本」を築き上げていくべきかという点については、1月に上梓した拙著『大転換の時代――10年後に笑う日本人が今するべきこと(ブックマン社、2009年1月刊)』にて詳述したつもりである。日本の過去、現在、そして未来に思いを馳せる方々は、ぜひご一読いただければ幸いである。

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筆者プロフィール
  • 名前:原田武夫(はらだ たけお)
  • 1971年生まれ。1993年東京大学法学部を中退し、外務省入省。
  • 経済局国際機関第2課、ドイツでの在外研修、在ドイツ日本国大使館、大臣官房総務課などを経て、 アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を務める。2005年3月末をもって自主退職。現在、原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。
  • ⇒原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)公式ウェブサイト

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