「誤発注」は誰の誤りか?ヒューマンエラーとシステムエラー

繰り返される誤発注

東京証券取引所は6月20日(火)、マザーズに新規上場したアドウェイズ株について、立花証券による誤発注があったと発表しました。東証によると、誤発注があったのは午前9時10分。アドウェイズの銘柄を識別する証券コードは2489ですが、立花証券の担当者がジャスダック上場のCDG(証券コード2487)と誤って注文を出してしまったというのです。

誤発注といえば、昨年12月みずほ証券がジェイコム株で400億円を超える損失を出したことが思い出されます。みずほ証券はジェイコム株の上場初日に61万円で1株売る注文を出すところを、誤って1円で61万株売るよう入力。直後に取り消そうとしたが、東証の処理システムの欠陥で受け付けられず、大量の売買が成立。みずほ証券は巨額の損失を被った、というものです。

この誤発注によって大儲けしたのが、千葉県在住の個人投資家B・N・Fさん28歳です。彼は、2ちゃんねるの株式掲示板の有名人で、「先生」や「名人」と呼ばれていたようです。テレビ番組『ガイアの夜明け』やマネー誌『ダイヤモンド・ザイ』にも登場し、資産を160万円から130億円まで増やした個人投資家として一般にも広く知られるようになりました。

ダイエーで買った洋服に身を包み、バラエティ番組などを見る、一見すると「普通」の若者。自身のことを「単なるニート」と呼び、儲けたお金はほとんど使っていないとか。とはいえ、2億円の豪邸を買うなど、我々の「ほとんど使わない」とは大きな違いがあるようですが…。 【ポイント2】

ヒューマンエラーとシステムエラー

もちろん、笑った人がいれば泣いた人もいます。みずほ証券側は、東証に損失のほぼ全額に相当する400億円の損害賠償を請求することを視野に入れています。東証の処理システムの欠陥がなければ、これだけの損失を計上することはなかった、という必死の言い分です。

また、実際に発注のオペレーションをした人物(20代半ばの男性と言われていますが)はどうなったのでしょうか。当時、その人物の処遇を知りたがっていた雑誌社から「木下さん、誰かみずほ証券に知り合いはいませんか?」というメールや電話を多くもらいました。

みずほ側はかん口令を敷き、一方でマスコミ側は知ろうとする。誤発注をしてしまった方が大変なストレスを抱え込んだことは容易に想像できます。

実際に売買のオペレーションを行なう際、「警告メッセージ」はそれこそ売買の度に出るといっても過言ではありません。運用会社もしくは証券会社によるシステムの差はそれほどないと思います。ファンドマネジャーやディーラーという売買に携わった経験があるほとんどの人が、ヒヤッとした経験を持っているのではないでしょうか。

もちろん、実際にミスをするとほとんどの場合が「クビ」、もしくは同等の制裁が待っています。なので、ミスをしないよう自分でプログラムを作ったりして自己防衛しているのが現場の実情といえるでしょう

ただし、東証をはじめとした売買の根幹をなす証券取引所でシステムトラブルがあってはならないのは、当然のことです。ジェイコムの誤発注では、みずほ証券側に、「1円で61万株売りと誤って入力」「それに対する警告を無視して注文」という人為的なミスがありました。しかし、「売り注文の取り消し作業が通らなかった」「ありえない注文を受け付けてしまった」という東証のシステムの問題も無視できません。

ジェイコムの岡本泰彦社長は「意図的なミスではないし、誤発注した人にもみずほ証券にもこれといった思いはない。発注システムの稚拙さにはあきれた。常識ではあり得ない発注で、システム上で当然ブロックされるべきこと」と話し、不快感をあらわにしています。

一方で、ニューヨーク証券取引所(NYSE)グループで取引システム開発を担当するキャサリン・キニー社長は、「(NYSEでは)東京証券取引所が経験したような誤発注によるシステム・ダウンは起こりえない」と語っているように、世界では、トラブルを未然に防ぐために何重もの対策を講じることが常識となっているのです。一連のミスを受け、東証が上場株式数の30%超に当たる注文を自動的に拒否する機能を売買システムに導入するなど、日本でも各証券取引所が対策に乗り出しましたが、少々遅すぎたようです。【ポイント2】

誤発注で儲けることはできるのか?

ジェイコム株騒動の後、B・N・Fさんに弟子入りを希望する人もいるそうです。それもそのはず、たった10数分の間にこれだけ儲けたのであれば、その手法を知りたい、と考える投資家もいることでしょう。

ヒューマンエラーとシステムエラーが重なり、ギャップが生まれたところをすかさず儲けにつなげたという事実は、投資家の視点としては「凄い」の一言です。ただし、私たちが誤発注で狙って儲けるのは難しいと言わざるをえません。

確かに、B・N・Fさんのようにデイトレやスイングトレードを中心に利益を稼ぐ、というのも手です。日々画面に張り付き、何台ものパソコンを操ってギャップを見つける、というのは売買の醍醐味といえるかもしれません。

でも、それだけの時間を売買に費やせる投資家は少数派です。他に本業のある平均的な個人投資家にとって、投資に割く時間をさらに増やすのは骨の折れる作業でしょう。

投資は先が見えないことに賭けること。成功している人を参考にすることは大切ですが、それをそのまま真似ても同じように成功できるとは限りません。自分が信じている手法を用いなければ、あっという間に損失が積み重なってしまいます。【ポイント3】

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
色々と言われてはいますが、B・N・Fさんはすごい!100億円を超える資産を株式投資だけで築き上げたことには、見習うことが多いと思います。特に、5月中旬の急落相場では「様子見」を決め込んでいたそうで、素晴らしい相場観もお持ちのようです。否定的に見るのではなく、1つでも「参考にならないか?」と考えて彼から何かを学び取る姿勢が重要です。
例えば、短期トレードとはいいながらも大きな相場の流れを読みとる姿勢や、「違う」と思ったらすぐに引く姿勢などは学ぶべき点といえるでしょう。
【ポイント2】
ニュースでは、みずほ証券の例など額の大きなものばかりが取り上げられています。しかし、誤発注は決して証券会社の自己売買部門のみの問題ではなく、個人投資家も無関係ではいられません。
では、個人投資家は何ができるのでしょうか。誤発注の原因の1つは機械に頼りきっていることです。まずは自分の売買の履歴やポジション、余力などをしっかりと把握しておくことを心がけ、単位株数や株価水準などの数字を体に覚えさせましょう。何をいくらで買ったかといったデータを、自分の手でエクセルなどに打ち込んでおくことはそのための有効な手段です。
【ポイント3】
私が初めて株式投資をしていたときは、まさに短期売買。当時はインターネットなどもなく、証券会社の店頭に入り浸っていたものです。でも、ファンドマネジャーやアナリストを経験するうちに、短期売買は「自分に向いていない」と気づいたのです。実際に画面を見て、板を見ていると結構疲れます。デイトレやスイングトレードよりも、会社を調べ、会社を応援する気持ちで投資をする方が性に合っています。
人には向き不向きがあります。投資とは自分を見つめながら、自分にあった手法を確立していくことに他ならないのではないかな、と思います。みなさんはどうですか?

自分の投資手法はコレだ!と言い切れるようになると、投資に自信を持って接することができるようになると思います。投資に一番必要なのは「安心」。誰もが安心を求めていろいろな投資手法を試してみたりします。でも、他人のやり方はあくまでも他人のやり方。良いところだけ真似してしまいましょう。(木下)

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木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

投資脳のつくり方

マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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