猛暑の影響も限定的?競争激化のビール業界の展望は
過去最低の出荷量。苦戦続くビール業界
今年の夏は例年にも増して暑い日が続いています。東京でも35度を超える日が珍しくありませんでした。
猛暑の関連銘柄として、真っ先に思いつくのがビール業界です。夏が暑ければビールの消費量も伸び、業績も伸びる。簡単に連想できるでしょう。しかし、今年は少しばかり様子が違うようです。
ビール大手3社の07年6月中間決算は、キリンホールディングス(以下キリン、2503)とアサヒビール(以下アサヒ、2502)が減益、サッポロホールディングス(2501)は営業赤字が続いています。
現在のビール業界がおかれている市場環境は芳しくありません。大手5社が06年に出荷したビール系飲料(発泡酒と第3のビールを含む)の数量は、前年比0.7%減の4億9,750万2,000ケース(1ケースは大瓶20本換算)と、2年連続で減少しています。
しかも、この数字は92年に現行の方式で統計を始めて以来、最低の水準で、5億ケースを割り込んだのも初めてといいます。飲酒人口の高齢化、若者のビール離れなどが影響しているのでしょう。
しかし、ビール業界の業績を考える上では、他にも注目すべき点があります。それは、競争激化と原料高です。
ビール各社は第3のビールの分野を中心に競争を激化させています。その結果、膨大な広告費を投入する消耗戦を繰り広げることとなりました。加えて、原料価格も上昇し、じわじわと収益を圧迫しています。
せっかくの猛暑効果も、こうした販売広告費や原料高に食われてしまっているという現実が、ビール各社の上値を重くしている要因といえます。
ビール業界は過剰ともいえる競争にさらされています。06年のシェアは、アサヒが37.8%で6年連続の首位。しかし、04年には5.2ポイントあった2位キリンとの差は、0.2ポイントにまで縮まっています。
四半期ごとにみてみると、第一四半期にキリンが6年ぶりの首位に立ってからは、四半期ごとに首位が入れ替わる激戦に。9月末時点ではキリンがリードしていたものの、年末の巻き返しで、通年ではアサヒが首位となったのです。
両社とも、首位取りに向け新商品を続々と投入、まさに「ビール戦争」といっても過言ではない状況なのです。【ポイント1】
業績を圧迫する原料高
原料高も打撃となりました。アルミ缶、麦芽などの主原材料の価格が上昇し、07年12月期通期では、キリンで120億円、アサヒで85億円の負担が生じる見込みです。これは両社ともに、連結営業利益の約1割に当たる規模、無視できるものではありません。
しかし、簡単にその負担を商品価格に転嫁できません。なぜなら、ビール類は代替品も多く、安易な値上げはシェアの縮小につながりかねないのです。
また、モノづくり企業の場合、減産により原材料価格の高騰を防ぐケースもありますが、生産数量の減少は工場稼働率の低下、原価率の悪化を招き、業績を悪化させる可能性があります。もちろん、シェアも落ちるでしょう。
原料高の影響を受けているのはビール業界だけではありません。03年からの原油価格の上昇は、多くの商品市況を上昇させました。例えば、食品業界では、大豆などを輸入し食品油を製造する日清オイリオ(2602)やJ−オイルミルズ(2613)が、数百億円単位で影響を受けているといいます。【ポイント2】
サブプライムローン問題に端を発した信用リスクの収縮によって、商品市況の高騰を支えていた投機資金が逃げ出すことになれば、原料価格が下落する可能性はあります。
※詳しくはバックナンバー『尾を引くサブプライム問題。米株価はこのまま下落が続く?』をご覧ください。
しかし、ビール業界を考えると、飲酒人口の高齢化、若者のビール離れ、そして各社の不毛ともいえる競争激化という課題は残ったままなのです。
キーワードは「海外展開」
上場企業は約4,000社あります。その中で、こうした厳しい状況におかれたビール業界を選んで投資する必要はないかもしれません。
しかし、ビール業界に投資チャンスが全くないか、というとそんなことはありません。キーワードは「海外」です。日本の市場が難しいのであれば、海外で利益を拡大すればよいのです。
06年キリンが発表した長期計画『キリングループ長期経営構想/「キリン・グループ・ビジョン2015」』を見てみましょう。
※PDFファイルが開きます。
キリンは、既に海外での利益獲得に動き、連結営業利益の2割を海外で稼いでいます。今後、さらに海外での活動を拡大し、国内外で通用する世界企業として注目を集める可能性もあります。
ただし、現時点では、上記資料の5ページ目に掲載されている世界企業との時価総額比較ランキングの通り、まだ世界で第25位と、決して大きな規模であるとはいえません。
今後の戦略によっては、さらに飛躍する可能性も否定できません。しかし、国内では厳しい状況に置かれている現状では、積極的な投資は難しく、今は、これからの動きを注視し見極める段階といえるのではないでしょうか。【ポイント3】
- 【ポイント1】
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小売業界にしろ、日用品業界にしろ、他業態ではすでに再編が起こっています。その結果、経営も筋肉質に変わってきています。いまだ新商品の乱造とコマーシャルで数量を稼ぐ手法は限界にあるのではないでしょうか。
基本的に投資家は、食品業界にはディフェンシブ(不況下でも株価が下落しにくい)性の中にグロース(成長)性を見出そうとします。ディフェンシブ性が乏しく、グロース性にも期待が持てないとなると投資家に見放されてしまう可能性はあるでしょう。 - 【ポイント2】
- 原料高は日本企業の多くを苦しめています。外部環境による影響を少なくするというのは投資家の勝手な願望。会社としては出来うる限りの努力をしていることでしょう。ただし、それに打ち勝っている会社も多くあるのも事実。原料高がこれからも永続する考えるのであれば、原料高が影響しにくい業界を探せばいいだけなのです。
- 【ポイント3】
- ビールを含む食品業界では、海外展開は一朝一夕にいかない代わりに、爆発的に伸びる可能性も秘めています。中国はこれからも爆発的に消費が伸びていくでしょう。生活の質も向上していくはずです。海外の実需にどれだけ深く入り込んでいるか、海外展開を見る上で重要な視点だと思います。
かつてはビール業界はファンドマネジャーの中でもコア銘柄に入っていたと思います。しかし、今ではどうでしょうか。多くの企業が業績や戦略を劇的に変化させてきたここ数年、少し差が見えるということなのでしょう。国内におけるビール戦争がどう終息していくのか、それともやはりずっと続くのか、注目していきたいと思います。(木下)
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木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。