世界同時株安のあおり?井上工業株が社長の個人取引で暴落
社長の個人取引で株価が暴落?
08年は年初からサブプライム問題の影響で、米国のみならず欧州、アジア株が暴落ともいえる下げを記録したことはこのコーナーでも何度もお伝えしました。もちろん、日本株も例外ではなく、年明け4日には一時、765円と大幅な下げを見せ、その後も軟調な展開が続いていました。
その「世界同時株安」の影響が、意外な形で現れた出来事がありました。
1月21日、群馬県に本社を置く東証2部上場の建設業・井上工業(1858)の株価が暴落しました。前週末68円だった株価が、何と約4割安の41円となったのです。出来高も55万8,000株から2,952万6,000株に急増しました。
市場全体が軟調とはいえ、この推移は不自然です。その原因は、井上工業の発表で明らかになりました。
当社にて確認したところによりますと、当社代表取締役社長宮崎純行が所有し、個人的に証券会社に担保として提供していた当社株式が、宮崎によれば、本人の意図に反し、当該証券会社により大量に市場に流出した結果、昨日の当社株価及び出来高に多大な影響を及ぼしております。
※井上工業のプレスリリースより抜粋(PDFファイルが開きます)
宮崎社長は、個人で保有していた同社株を担保に信用取引を行っていました。そして今月半ば、その取引を終了する際に損失額から担保分を差し引いた不足額約4億円を支払うことを取引証券会社の松井証券(8628)から求められていたようです。しかし、それが支払えず、松井証券が担保の井上工業株を売却、そのため21日の株式市場で同社株が大量の出来高を伴って暴落したのです。
プレスリリースにもあるように、宮崎氏側は「本人の意図に反して」と主張していますが、松井証券側は「(事実関係の認識に)大きな違いが生じている。当社の対応はお客様の信用取引の決済に伴う多額の損失が確定し、かつ債権保全を必要とする相当の事由が生じているために、法令や取引規定等に即して実施したもの」と説明しています。
本当のところはどうなのか。今後の推移を見守る必要はあります。しかし、「世界同時株安」の影響もあり、宮崎社長が信用取引で損失を出してしまったことが原因であることは間違いありません。【ポイント1】
ある資産家の教えてくれた投資スタンス
宮崎社長が行っていた信用取引とは、担保を預けることで、投資家が証券会社から株購入代金や売るための株式を借りることができる取引のことです。そして、値上がりすると考えていた株価が下がる、値下がりすると考えていた株価が上がるなどで損失が発生すると、担保にしていた投資家の「信用」が減少してしまいます。そのため、追加保証金(追証)が発生します。
信用取引は元本の数倍の取引が可能になるため、レバレッジ(てこの原理)が働き、少ない元手で多額の利益を得る可能性があります。
ただ、私自身は信用取引を、少なくとも投資初心者にはあまりお勧めしていません。それは、私が銀行員時代に経験した、ある資産家の教えがあるためです。その資産家を仮にMさんとしておきましょう。
東京都心で手広くマンション経営を行い、年収も数千万円あったMさんに、銀行員として投資信託などの金融商品を販売することができれば、銀行内での私の評価も上がります。株式投資型の投資信託に魅力があると考えていた私は、日経平均株価が上昇すれば儲かるタイプの日経平均連動型の投資信託をMさんに勧めていました。
どうして日経平均株価が上がると考えているのか。多くの資料や説明を行いました。Mさんはその都度、熱心に聞いていらっしゃいました。
そうして通い続けた結果、「なるほどね。それじゃ、投資信託を買ってあげる」と言ってもらえました。夢心地です。これで上司の評価も上がる。そう思いました。しかし、その後のMさんの言葉は私の期待を見事に打ち砕きました。
「お金は、3万円ずつ積み立てで」
年収数千万円の方です。もっと多額になると期待するのも当然でしょう。
「私はマンション経営を行っているから、不動産のことは知っているつもり。でも、株式投資は知らない。だから、3万円ずつの積み立てをして木下くんのお客になれば、木下くんが毎月いろいろなことを説明しにきてくれるでしょ。自分なりに納得して、そのときまた追加で投資するタイミングだったら、投資するよ。最初はおそるおそる、でいいのよ」。Mさんはこう、説明を続けたのです。【ポイント2】
ただし、欧米の場合、現在はサブプライム問題の影響がぬぐいきれず、さらに個人消費まで冷やす状況にあります。日本でいえば、山一證券の破綻のころと同様、更なる危機を予感させるため、たとえ直近で金融再編が起こっても株高につながるとは考えにくいのです。
「危機」はチャンスにもなりうる
年初より乱高下が激しく、さらに日本にとどまらず世界的に株価が下落している局面では、投資に対して臆病になるのは当然です。
一方で、誰もが臆病になるということは、それだけかなり安い局面で投資ができるということでもあります。「危機」という言葉は、「危険」の「危」という漢字も含みますが、「機会」の「機」という漢字も含みます。危機のタイミングは機会=チャンスかもしれないのです。【ポイント3】
私が投資家の心理を見る上で重視している指標に「騰落レシオ」があります。この指標は東証1部上場企業の値上がり銘柄数を値下がり銘柄数で割って算出されます。この指標が過去10年で最低の水準となりました。
近い水準は、97年の北海道拓殖銀行や山一證券の破綻、98年の日本債券信用銀行、日本長期信用銀行の破綻、また01年の同時多発テロです。それだけ投資家がパニックに近い売りを株式市場に浴びせたことになるわけです。
であれば、私はMさんのように、まずは小額から一歩を踏み出し、状況を勘案していれば、今後追加投資を考えていくチャンスがやってくると考えています。
一方で、信用取引などを利用し、大きく儲けようと考えてしまうと、目算が外れたときに手痛いしっぺ返しを受けます。場合によっては、追証の圧力に押し潰されてしまう可能性すらあります。
不透明な状況が続きますが、資金管理は経済状況の予測以上に重要なことと胸に刻む必要があるでしょう。
- 【ポイント1】
- 井上工業株は、世界株安の影響が大きく出始めた年初は比較的株価水準が保たれている一方で、上記発表の数日前から下落していました。うがった見方をすればインサイダー取引の可能性も現時点では否定できません。80年代後半の財テクブームによる崩壊という過去の学びがあったはずですが…。
- 【ポイント2】
- この考えは、Mさん以外の資産家の方々にも共通して当てはまっていることだと思います。ただ、ここぞという局面では、リスクをとり「許容範囲内」で集中投資をするというのも忘れてはいけない資産家の姿勢だと思います。信用取引は許容範囲を超える投資。身の丈にあった投資が、従来以上に求められているといえるでしょう。
- 【ポイント3】
- 10数年間で最悪の今というタイミングを、チャンスと捉えられるかどうか。暗い闇は、少し霧が晴れるだけで光明が差したように見えるものです。大きく下落した株価は、反発に転じる可能性もあるのです。
20代前半から仕事を通じて資産家の方々と話をすることができたことは、お金と向き合う意味で給料以上の経験をさせていただいたな、と思います。投資はもともとは資産家の道楽。資産家の考えを学ぶ姿勢があるかないかで、長期的にパフォーマンスが変わってくると思います。(木下)
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大変参考になりました。
2008年01月29日 23:50 | sawara
木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。