ギョーザ問題の影響は?収益構造にみるJTの投資対象としての評価

人為的?JT輸入の中国製ギョーザから毒物

中国製の冷凍ギョーザから中毒性の高い農薬「メタミドホス」が検出された事件が大きな騒動となっています。昨年12月から今年にかけ、ギョーザを食べた10人が中毒症状を発症、うち1人は一時意識不明の重体となりました。

当初は残留農薬による「中国製食品の食の安全」問題と思われていましたが、その後、袋に穴が開いていたことなどが判明し、人為的に毒物が混入された可能性が出てきました。現在も混入経路は判明しておらず、警察などの懸命の捜査が続けられています。

該当の冷凍ギョーザは中国河北省の天洋食品が製造し、日本たばこ産業(以下JT、2914)の子会社であるジェイティフーズが輸入したものです。

そのため、事件を受けてJTの株価は、日経平均株価が1月22日には底をつけ短期間で1,000円以上の上昇を見せているにもかかわらず、軟調な展開となっています。

JT株は07年後半、ほぼ60万円台半ばから後半の間で推移し、12月25日には69万7,000円と70万円台目前をつけていました。それが今年1月28日に前日比4万8,000円安の56万2,000円と大幅に下落し、その後は60万円の大台を割り込んだままです。

この株価推移については、JTが問題を公表したのが30日であるにもかかわらず、それ以前から株価が下落しているため、事前に情報を得た人間によるインサイダー取引の可能性を指摘する声もあります。証券取引等監視委員会もその可能性も視野に入れ、調査に乗り出したと報道されています。

JTといえば今から10年前、ヒット商品である清涼飲料「桃の天然水」をカビ混入で回収せざるを得ない状況に追い込まれたことがあり、食品事業では苦い思いをしています。

同社は4月に、日清食品(2897)、加ト吉(2873)と冷凍食品事業を統合する予定です。今回の事件後も統合の予定自体に変更はないとされていますが、食品をテコにしたJTの成長戦略に影響が出ることは避けられそうにない、というのが一般的な意見でしょう。【ポイント1】

※3社の冷凍食品事業統合については、2月6日に撤回が発表されました。JTは加ト吉を100%子会社化する予定としています。

JTはやはり「たばこの会社」?

今回の事件は、人の口に直接入る食品に関わる非常に重大な問題です。しかし、JTという会社の“収益”の観点からは少し違った見方ができます。

まずは下記の日経新聞の記事をご覧ください。

JTの食品事業は約20年前に飲料から始まり、事業買収などで外食や冷食事業などを拡大した。2007年3月期の食品部門の売上高は約2,900億円で、ハウス食品、江崎グリコなどを上回る規模に成長した。営業損益は05年3月期から黒字で、連結売上高(たばこ税除く)に占める比率も14%になった。

(中略)

その食品事業で冷食はJTが成長を見込む数少ない事業だ。昨年11月に発表した加ト吉、日清食品との冷食事業統合は、実現すればJTの食品事業は5,000億円規模に拡大する。食品事業の成長に道筋を付けた矢先、今回の問題が起こった。

2008/02/04日本経済新聞朝刊9面より一部抜粋

こうした記事を見ると、「今回の事件でJTの成長は止まってしまうだろう」と感じることでしょう。

では次にJTの08年3月期中間決算の内容を見てみましょう。

・2008年3月期中間決算

税込み売上高  29,140億円
営業利益     2,191億円
(うち食品事業)  37億円

なんと、営業利益のうち、冷凍食品を含む食品事業の占める割合は1%強程度なのです。

確かに、日清食品や加ト吉との冷凍食品事業の統合など、食品事業での新規成長戦略は注目する必要があります。しかし、利益という客観的な数字の上では、JTは厳然とした「たばこの会社」なのです。

今回のようなセンセーショナルな事件が起こると、ついつい雰囲気に流されてしまいがちです。しかし、センセーショナルな事件だからこそ、冷静な判断が求められるのです。でなければ企業価値を見誤ってしまいます。【ポイント2】

雰囲気に流されない投資のために

では、JTをたばこの会社と捉えたとき、どう評価したらよいのでしょうか。JTは、99年に米たばこ産業2位だったRJRナビスコの海外部門を買収、06年には世界第5位のたばこ会社である英ギャラハーを買収し、世界第3位のたばこ会社として、グローバルに戦う企業です。

JTは元々、専売公社と呼ばれる官僚の会社で、諸外国から利権であるたばこ税を守るために設立されたため、当初から常にグローバルな視点を持った会社でした。

そんなJTの海外戦略も、RJRナビスコの海外部門買収時には株式市場からはあまり評価されませんでした。例えば以下の日経新聞の記事をご覧ください。

米RJRナビスコから海外たばこ事業(米国を除く)を買収した日本たばこ産業(JT)に対し、証券市場や同業者が冷めた反応を示している。10日の東京株式市場では、JTの株価は前日比4万円高の109万円で寄り付いたが、前場半ばから下落に転じ、終値は同5万円安の100万円となった。約9,500億円という巨額の買収額が大きな反響を呼んだものの、成熟市場のたばこ事業強化という点で評価が分かれたようだ。

10日の株式市場は余剰資金を生かす積極的な経営姿勢を評価する声と、買収額の妥当性に対する疑問とのれん代の償却負担を懸念する声に評価が二分され、外国人を中心に売買が交錯した。「世界たばこ市場に打って出る態勢が整った」とのJTの意気込みを、市場もまだ評価しかねている様子だ。


「食品、薬品分野への多角化に力を注いでいたのに一転し、たばこ事業へ巨額資金を投入することに違和感を覚える」(明治ドレスナー・アセットマネジメントの八木甫氏)、「多角化を推進するために医薬、食品分野の上場企業を丸ごと1つ買う方が良いのではないか」(岡三証券のアナリスト、山田栄一氏)との声も多い。

1999/03/11日本経済新聞朝刊11面

結果的にはこの大型買収は成功を収め、日本企業としては最大の買収額となる次のギャラハー買収につながったのです。ギャラハーはカザフスタンや中東など、たばこ需要の多い国に強い企業であり、日本国内の喫煙人口減少を海外で補うJTの戦略が明確になりました。【ポイント3】

たばこの健康被害が叫ばれる昨今、そうした戦略自体を問題視する声もあります。しかし、今回の「毒ギョーザ」騒動のようなセンセーショナルな問題を受け、冷静さを失い収益構造などを客観的に見ることを放棄してはいけません。

冷凍ギョーザを巡る一連の騒動は小さな問題ではありません。しかし、JTを投資対象として見るのであれば、その問題を含めて視野を広げることが必要でしょう。そうすれば投資評価も変わってくるはずです。

相場が分かる!今日のポイント

【ポイント1】
タバコも食品も需要が安定しているという意味では似ています。しかし、食品は同業社同士の激しい値下げやブランド競争にさらされています。タバコという規制に守られた事業を柱にしてきたJTは、食品事業に関して試行錯誤を繰り返しながらも、これだという決定的な戦略を打ち出せていないのではないかと思います。
【ポイント2】
株価は長期的には企業価値を反映しますが、短期的にはうわさや投資家の気分を色濃く反映することがあります。現在のJTに対する評価はまさに後者なのではないかと考えています。だからといって、食品事業において安全面がおろそかになっていた可能性は看過できる問題ではありません。JTが今後、どういった対応策をとっていくのか、引き続き注目していく必要があるでしょう。
【ポイント3】
RJRナビスコは米国以外では欧州、アジアなど70カ国でたばこ事業を展開しており、「ウインストン」「キャメル」などの人気銘柄を持っていました。しかし、投資ファンドが短期的視野だけで買収し、結果としてブランドが毀損されてしまいました。JTは買収後ブランドを建て直し、グローバルマネジメントにも成功しました。世界で戦う日本の会社は、もう少し高い評価が得られてもいいのではないか、と私は考えます。

JTには昨年12月に訪問取材を行っています。食品事業に対する質問もしましたが、多くはたばこ事業がこれからどうやって成長を遂げていくのか、という点に集中しました。もちろん、海外の状況が中心です。センセーショナルなニュースに株価は反応してしまいがちです。だからこそ、冷静に会社の価値を見る目を持っていないと、株式市場の波に翻弄されてしまうように思います。(木下)

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木下晃伸(きのしたてるのぶ)

経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。

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マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。

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