あくまで合理的。モノライン支援を提案したバフェット氏の真意とは?
さらに混迷、サブプライム問題とモノライン
当初の予想を裏切り、長期的、かつ深刻な影響をもたらしている「サブプライムローン問題」。1月下旬には、米国の「モノライン」と呼ばれる米金融保証会社の格下げで、改めて問題の深刻さが認識され、日米の株価が大きく下落する場面がありました。
モノラインに関しては、その後「米著名投資家ウォーレン・バフェット氏、モノライン救済策を提案」と伝えられ、直後の2月12日ニューヨーク市場で、ダウが前日比133ドル高の1万2,373ドルで取引を終える続伸となりました。東京市場もその流れを受け、同日は一時200円以上の上昇を見せました。
結局は、モノライン大手に対して、米シティグループなどによる大型資本注入などが実施される見込みで、バフェット氏の提案が実現することはないようです。しかし、今回の報道で改めてバフェット氏のマーケットにおける存在感が浮き彫りになりました。
報道では“救済”の側面が強調されていますが、本当にそうだったのか?これを機に、バフェット氏の投資手法を振り返ってみましょう。きっと皆さんの投資の参考になると思います。
その前にまず、今回の「モノライン救済」についてまとめておきます。
モノラインとは、米国の地方債をはじめとした金融商品に特化した保険会社です。サブプライム関連では、「モノラインが保証してくれる」という安心感により証券化商品に高く格付けされ、活発に売買されたという背景があります。
しかし、サブプライム関連での債務不履行が増え、モノラインの財務体質が大幅に悪化しました。モノラインの信用力が落ちれば、それが保証してきた地方債などの信用力も落ち、混乱が広がると予想されます。
そんな状況の中、バフェット氏は、同氏率いる投資会社「バークシャー・ハザウェ」が最大8,000億ドル(約86兆円)までの地方債を保証するという提案を行ったのです。【ポイント1】
バフェット氏の提案は本当に救済か
“救済”と報じられるバフェット氏の提案ですが、中身をよく見てみると、対象は優良な地方債に限られ、サブプライム関連のリスクの高いものは含まれていないことが分かります。つまり文字通りの救済というよりは、モノラインが窮地に陥った絶好のタイミングを見逃さない、経済合理性に基づいた提案だったといえるでしょう。
今回のニュースから何かを学ぼうとするのであれば、表面的な“救済”という言葉だけでなく、こうした「抜け目のなさ」や徹底した合理的手法にも目を向ける必要があります。
バフェット氏は、マイクロソフト社のビル・ゲイツ氏に次ぐ資産の持ち主で、その額は約460億ドル(5兆億円)ともいわれ、その卓越した投資センスから、出身地ネブラスカ州オマハにちなみ「オマハの賢人」と呼ばれています。
同氏については、一般的に「長期投資の神様」というイメージがあります。事実、同氏には「私の好きな投資期間は永遠だ」という名言もあります。
また、自分が知っている業界、会社にしか投資をしないという手法も有名です。彼の投資先であるコカ・コーラ、ジレット、アメリカン・エクスプレスなどは誰でも知っている会社でしょう。【ポイント2】
しかし、こうした一般的なイメージだけでバフェット氏を理解してはけません。そのことがよく分かる例を1つ挙げましょう。
バフェット氏は03年4月、中国最大の原油・天然ガス生産を誇るペトロチャイナの大株主になりました。そして07年10月にはペトロチャイナ株を全て売却しているのです。
「永遠が好き」と発言していたはずなのに、なぜ売却してしまったのか。米テレビ局CNBCが当時、以下のように報じました。
"It was 100 percent a decision based on valuation," he says. He also admits that he sold too soon, given the fact that the stock has continued to rise to all-time highs in recent weeks, even as he was selling.
Still, don't cry for him. He says he sold at a profit of about $3.5 billion on a $500 million investment.
バフェット氏は「今回の決定は、100%価格に基づいたものである」と述べている。また、売却後ここ数週間、最高値を更新している事実を鑑みると、売却のタイミングが早すぎたかもしれないと認めている。
しかし、彼に同情する必要はない。約5億ドルの投資で、35億ドル相当の利益を得ているのである。
ペトロチャイナ株価推移はこちらをごらんください。売却直後に上昇したことはあったとしても、もう少し長期的に眺めると、その後下落傾向となっていることが分かります。
「長期投資の神様」と呼ばれるバフェット氏も、実際の投資では価格を重視し分析、タイミングを計りながら売買しているのです。
バフェット氏の原点となった2人の投資家
さらに深くバフェット氏の投資手法を理解するために、彼の原点を探ってみましょう。
彼は元々、割安株投資の権威と呼ばれるベンジャミン・グレアム氏に師事していました。グレアム氏が提唱した投資手法の基本は「安全域」。分かりやすくいえば、現預金や不動産、有価証券などの保有資産以下の株価水準に放置されている割安な企業を探し投資するということです。
これはかつて村上ファンドが阪神に目をつけたのと全く同じ手法です。阪神は膨大な不動産に加え、安定的にキャッシュフローを生み出す沿線を持っていました。しかし、企業価値である株価はそれを下回る状況が続いていたのです。
※村上ファンドの投資手法に関してはバックナンバー『株式市場の“非合理”アノマリーで読む株価の動き』をご覧ください。
しかし、この手法には限界があります。それは「割安には割安の理由がある」からです。株価が資産を下回っているのには、何らかの理由があるはずです。ですので、割安で投資したとしても、そのまま株価が上昇しないことも多くあるのです。
同様の悩みに突き当たったバフェット氏はその後、フィル・フィッシャーという成長株投資に長けた投資家に師事、投資手法を多様化させました。つまり彼の中には「割安」と「成長」という、一見、二律背反する考え方が同居しているのです。【ポイント3】
その中で先の「長期投資、できれば永遠に保有したい」という言葉が出てくるわけですが、よりよい企業への投資のための資金調達や、投資基準を満たさなくなった場合には売却するともしています。
バフェット氏は素晴らしい投資家です。しかし、その表層だけをなぞっていても何の参考にもなりません。今回の「モノライン救済」のニュースをきっかけに、そのことに気付いていただきたいと思います。
- 【ポイント1】
- かつて、日本でも金融機関が不良債権に苦しんでいたときに、積極的な投資を行った外資系金融機関が大きな利益を得たことを皆さんも覚えているでしょう。実は、バフェット氏はソロモンやウェルズ・ファーゴといった金融機関への投資の経験があり、ソロモンでは暫定でCEOについたこともあります。そうした経歴を持つバフェット氏にとって、モノライン救済は非常に魅力のある投資と映ったのでしょう。
- 【ポイント2】
- バフェット氏には、小学生のころから日本でいう『会社四季報』を読んでいたという逸話があります。同氏は「自分の知っているものにしか投資をしない」といわれますが、「知っているもの」のレベルが相当に高いのです。その点への言及なく、ただ「知ってるものだけに投資する」という結論だけを掲載している記事・書籍を読んでいては、バフェット氏の本質を見誤る危険性があります。
- 【ポイント3】
- 私は元々成長株投資が大好きでした。しかし、UFJ投信(当時)では割安株投資チームに配属されました。最初はショックでしたが、結果的には成長と割安のバランスをとることを強制されたため、バフェット氏の極意に気付くことができたのではないかと思っています。人事異動も含めて、人生まさに「塞翁が馬」です。
学生時代からファンドマネジャーに憧れていた私にとって、ウォーレン・バフェットは神様のような存在です。バフェット氏に関する書籍はほとんど読破しています。この10年間で少しは近づけたでしょうか…。ますます背中が遠くなっているように思う今日このごろです。(木下)
トラックバックはまだありません。
- この記事に対するTrackBackのURL
コメントはまだありません。
木下晃伸(きのしたてるのぶ)
経済アナリスト、フィスコ客員アナリスト。1976年愛知県生まれ。南山大学法学部卒業後、中央三井信託銀行、三菱UFJ投信などを経て、現在は株式会社きのしたてるのぶ事務所代表取締役。(社)日本証券アナリスト協会検定会員。著書『日経新聞の裏を読め』(角川SSコミュニケーションズ)発売中。
投資脳のつくり方
マネー誌「マネージャパン」ウェブコンテンツ。ファンドマネジャー、アナリストとして1,000社以上の上場企業訪問を経験した木下晃伸が株式投資のヒントを日々のニュースからお伝えします。「株式新聞」連載をはじめ雑誌掲載多数。