『国際政治経済塾』

投資のチャンスを確実にモノにするには、世界にアンテナを張り巡らし、お金の流れを機敏に察知する必要があります。元外交官の経験を活かし、一見違う視点で、世界の政治とお金の関係を、リアルタイムで説明します。

米ドル崩落の要因に?“欠席戦術”を採った中国のしたたかな通貨戦略

米ドル相場に仕掛けられた“揺さぶり”

去る8日、ニューヨーク外国為替市場は急激な円高に振れた。為替マーケットにおいて “潮目”が露わになった瞬間である。同日の米ドル・円相場の終値は92円73〜79銭。前日比約1円50銭の、大幅な円高であった。この理由として、景気後退懸念の高まりを背景に、リスク回避通貨としての米ドルと日本円、特に円に投資マネーが流れたことが指摘されている。だが、果たしてそれだけなのであろうか。


冷め止まぬ“金融メルトダウン”においては、複数の問題が複雑に絡み合っている。それら中で最も大きな問題の1つが「基軸通貨としての米ドルに対する信頼の低下」であることは疑う余地がなかろう。その背景には、多くの企業や金融機関に対する財政支援策を打ち出すことによって膨らむ一方となっている、米国の財政赤字がある。これを支えているのが、外国勢による米国債購入である。その中でも今や最大の米国債ホルダーとなった中国勢の動向が、米国債の消化状況、ひいては為替マーケットにおける米ドルの浮沈に大きな影響を与える要素となっているのだ。


為替マーケットに大きな動揺が走った8日はまた、イタリア・ラクイラにおいてG8サミットが開催された日でもある。このサミットにおいては、通貨制度に関する議題が討議されるに違いない、との予想が事前に広くなされていた。


日本ではほとんど伝えられていないことだが、実はこのサミットに先んじて、為替マーケットの撹乱(かくらん)要因となり得る情報が英国勢によって報じられていた。中国の当局者(中国人民銀行・前副総裁)が、米ドルによる世界支配を終わらせるよう呼びかけたというのだ(6日付 英テレグラフ参照)。これは去る3月、周小川・中国人民銀行総裁が語った論調に沿ったものである。


これが中国政府の公式見解であったならば、それはすなわち米ドルの崩落に繋がったはずである。しかし、この中国人民銀行OBからのメッセージは同時に、この報道がなされた前日(5日)に何亜非・中国外交部副部長がローマで語った意見に反するものだったのである。その意見とは、「超国家的な準備通貨の創設は学術界での議論に過ぎず、中国政府が支持するものではない」というものだ。


タイミングからしてもこの報道は、中国勢ないしはそれを報じた英国勢による、米ドルに対する“揺さぶり”であった。冒頭で述べた為替マーケットにおける急変は、これを受けてのものであった可能性が指摘できよう。

“欠席戦術”としての胡錦濤主席による「緊急帰国」

このような観点から東京・国立市にある当研究所で世界の“潮目”をウォッチしていたところ、次のような気になる報道が地球の裏側から飛び込んできた。


胡錦濤・中国国家主席が新疆ウイグル自治区における暴動を受けて、G8サミットへの出席を取り止め、急遽帰国したというのだ(8日付 英トムソン・ロイターほか参照)。サミットに出席予定であった国家主席が会議に出席せずに帰国するという“異常事態”は、世界各国で驚きの声をもって迎えられた。


この事件を報じるニュースには、国内問題の急変は重要性の高いもので、致し方ないとして理解を示しているものが多いようだ。しかし、果たしてそう単純に考えてよいものだろうか。今回の“暴動”に関して、通常であれば秘密主義を貫くはずの中国が不自然なまでの“情報公開”を行っていることから、この“暴動”がある思惑をもって“起こされた”ものであるとの声すら一部から聞こえてくる。胡錦濤・中国国家主席の緊急帰国が、サミットが米ドルに“最後通牒”を突き付ける場になるのを防ぐための、高度な“欠席戦術”であった可能性すらあり得るのだ。


この見方が正しければ、中国勢としてまずは最高レヴェルの意見の形で、米ドルをあからさまに非難するのを意識的に避けたことになる。すなわち中国は、“現在のところは”とりあえず、米ドルに対して“消極的な”支持を見せたことになるのだ。

為替マーケットで続く高ヴォラティリティ

このように為替マーケットで生じた“潮目”を含め、激動の世界を巡る情勢について私は、来る7月25日〜26日に福岡・広島で、8月1日〜2日に東京・横浜でそれぞれ開催する「IISIAスタート・セミナー」「IISIAスクール」でお話する予定だ。関心を持たれた方々は、ぜひ会場に足をお運び願いたい。


ちなみに今月16日(日本時間午後10時)には、「2009年5月時点における外国投資家の米国債保有額」が発表される予定である。4月時点のこの統計では、英国勢を除く主要な外国投資家が米国債の保有を減らしていたことが判明し、注目を集めた。続く5月における米国債の入札について「不調続き」との評価が続いていたことや、5月を通じて長期金利が上昇傾向にあったことを鑑みると、今回発表されるこの統計も米国にとって好ましくない結果が出る可能性は高い。


ただし、以下の理由から、米ドルが再度高く評価される可能性も否定できない。


(1)5月末から6月初にかけて行われたガイトナー・米財務長官の訪中以降、今月9日に行われた30年債入札に到るまで、米国債の入札が概ね好調であったこと

(2)9日の当該入札も一部では“不調”と評されているが、入札倍率が若干の減少を見せたに過ぎないこと(6月2.68倍→7月2.36倍)

(3)6月半ばから長期金利が一転して低下傾向(=債券価格の上昇傾向)にあること


様々なリスクが高まりを見せるこの夏に向けて、為替マーケットも高いヴォラティリティを維持することになりそうである。日本の個人投資家・ビジネスマンにとって「勝負の夏」となる“潮目”は既に始まっているのである。

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筆者プロフィール
  • 名前:原田武夫(はらだ たけお)
  • 1971年生まれ。1993年東京大学法学部を中退し、外務省入省。
  • 経済局国際機関第2課、ドイツでの在外研修、在ドイツ日本国大使館、大臣官房総務課などを経て、 アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を務める。2005年3月末をもって自主退職。現在、原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。
  • ⇒原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)公式ウェブサイト

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狙われた日華の金塊

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