『国際政治経済塾』

投資のチャンスを確実にモノにするには、世界にアンテナを張り巡らし、お金の流れを機敏に察知する必要があります。元外交官の経験を活かし、一見違う視点で、世界の政治とお金の関係を、リアルタイムで説明します。

ガイトナー財務長官訪中の先に見るマネーの『潮目』

ガイトナー長官による中国への“ご機嫌伺い”

米財務省は5月12日、来る6月1〜2日にガイトナー財務長官が訪中する予定であることを発表した。声明では「安定し、均衡の取れた持続可能な成長に向けた両国の経済関係強化」について協議するとのことであるが、本題は「米国債のセールス」であろうことは想像に難くない。翌13日にはガイトナー財務長官が「金融機関救済のための新プログラム構想」を発表したが、その実施のためには、更なる資金調達が必須の条件である。しかし、去る5月7日の30年債入札の結果は不調に終わった。発行額を消化はしたものの、利回りの上昇と入札倍率の低下が目立っており、最大の買い手である中国が買い意欲を減じている傾向が推測される。このことから、6月9日に次回の30年債入札を控える時期における、中国に対する“ご機嫌伺い”は重要な意味を持つ。

うまくいくかオバマ民主党政権と中国の“関係強化”

そもそも歴史的に見て、米国の民主党政権と中国は深い関係にある。 1937年から1945年にかけて、当時の中国の政権であった中華民国と日本との間で戦争が行われた。いわゆる「日中戦争」ないしは「支那事変」と呼ばれるものである。この戦争に際して、米国から義勇兵航空部隊「フライング・タイガーズ」が中国側として参戦していたことは、あまり知られていない。建前上は“義勇軍”ではあったが、100機を数える大規模部隊の遠距離派遣は、国家の意図抜きに行えるものではない。また、南京事件などの日本による“残虐行為”は、ニューヨーク・タイムズをはじめとする米国メディアを通じて全世界に向けて発信された。これも、国家の意思を受けて行われた、パブリック・ディプロマシーであったと考えられる。当時の米国の政権運営は、民主党のフランクリン・ルーズベルト大統領によるものであった。


中国共産党政権との“国交回復”の嚆矢(こうし)こそ共和党のリチャード・ニクソン政権が付けたが、実際に国交回復交渉を行い、実現したのはジミー・カーター大統領率いる民主党政権である。また、やはり民主党大統領であったビル・クリントン氏が政権の座にあったとき、重要な役職にあった議員や党本部と共に、中国共産党から献金を受けていた事実が広くメディアを賑わせたことは、記憶に新しい。「やや不調」と評価された今年2月13日の30年債入札の直後にヒラリー・クリントン国務長官が訪中(2月20〜22日)し、その後5月7日に到るまで米国債の入札が無難に終わっている。これは彼女がビル・クリントン政権時に構築した中国との関係がうまく働き、中国が米国債の購入を増加させた結果だと評価できるだろう。


しかし、今回初めて中国を訪問するガイトナー財務長官は、かつて在日アメリカ大使館に勤務した、いわゆる“ジャパン・スクール”出身者である。その一方で、母校ダートマス大学では中国研究も行った経歴を持つ。彼の“ご機嫌伺い”が功を奏するかどうか。この点が、オバマ政権における中国との関係構築がうまくいくかどうかの、1つの分水嶺となると見られる。その結果が出る6月9日の30年債入札が、注目を浴びることになろう。


外交交渉における定石と為替変動

5月11日の週に入り、為替がドル安方向に急激な展開を見せた。この“きっかけ”とされているのが、民主党の“次の内閣”においてネクスト財務大臣を務める中川正春・衆議院議員が発したとされる「民主党が政権を取れば、ドル建ての米国債は購入しない」との意見が、英国BBC放送で取り上げられたことである。中川正春議員は、日本円と人民元が連携したアジア共通通貨構想を打ち上げるなど、東アジア諸国寄りの意見を持つ政治家であり、彼が中国にとっては対米輸出の減少をもたらす“ドル安”を呼び込むような発言をすることは、不自然と言わざるを得ない。


外交交渉において特定の結果をもたらすためには、その前に一旦逆の動きをすることで、当該目的に向けた自らの努力を交渉相手にアピールするというのが、定石の1つである。最近では、米国とイランの間において緊張緩和と原子力ビジネス、麻薬対策などに関する協力関係が進展する中において、日系米国人記者のイラン当局による逮捕と解放があった。そうした意味において、不自然なきっかけによってもたらされた“ドル安”が一時的な演出である可能性がある。また、ガイトナー財務長官の訪中から30年債入札前後にかけての期間、為替相場が不安定な推移を見せるシナリオが考えられる。


ただし、仮にガイトナー財務長官による、ドル安からの転換という“貢ぎ物”を伴った“ご機嫌伺い”が功を奏し、中国が再度米国債の購入を加速することで6月9日の米30年債入札が無事に終わったとしても、危機が去るわけではない。

高まる米国デフォルトの危機にどうやって備えるべきか?

こうした無理な状態が、いつまでも続くものではない。この夏に向けて高まると予想されるその“危機”について、弊研究所は他のメディアに先んじて論じてきた。直近の拙著『計画破産国家アメリカの罠――そして世界の救世主となる日本』(講談社)においても、詳細に論じている。本記事の読者の皆さんにも、ぜひご覧いただきたい。


その上で来るべきこの夏の「潮目」に対してどう立ち向かうべきなのか、という「今そこにある」問題に対する我が研究所なりの考え方については、5月23日、24日に東京、大阪でそれぞれ開催する「新刊記念講演会」にてお話する予定だ。事実と論理に基づき、この難局を乗り切るための「情報リテラシー」に関心を持たれた方々は、ぜひ会場に足をお運び願いたい。


ちなみに今年1月のオバマ政権成立には、イタリア系マフィアが背後に控える自動車労組(UAW)を中心とする労働利権勢力と、ウォール・ストリートの金融マフィアが両輪として寄与した。


この両者は一種の利益相反関係にあり、どのような政策をとっても、いずれかの反感を買う。世界不況が深刻化する中、金融機関を救済し、ストレス・テストで“下駄”を履かせる一方で、クライスラーに破産法第11章を適用し、GM解体の方向を示す現在の産業政策は、後者に向いたものと捉えられる。一方、足下の“ドル安”状況は、海外製品の輸入を阻害する意味において、前者の労働利権勢力にとって有益である。このように、オバマ政権はこれまで、両者のバランスをとる“綱渡り”状態で政権を運営してきた。


現在のオバマ政権は、そうした状況下で拡大を続ける財政赤字によって、今や米国にとって最大の出資者となった中国の意も汲む必要がある。三者の利害関係のバランスを取る形で、より困難な政権運営が求められている。真夏の「潮目」は、まもなく訪れる。

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筆者プロフィール
  • 名前:原田武夫(はらだ たけお)
  • 1971年生まれ。1993年東京大学法学部を中退し、外務省入省。
  • 経済局国際機関第2課、ドイツでの在外研修、在ドイツ日本国大使館、大臣官房総務課などを経て、 アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を務める。2005年3月末をもって自主退職。現在、原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。
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